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2011年12月の記事一覧

祖母の死。人生の階段をまた登る。  

父方の祖父は、
高橋家でした。
その祖父が、
ご縁により
山田家に養子として
縁組みになったのです。

父方の祖母は、
山本家の娘で、
やがて祖父と出会い、
結婚しますが、
要するに、

血縁という意味では、
高橋家、山本家の
血を継いでおり、
山田家とは繋がって
いないのです。

そういう意味では、
新生山田家としては、
私は三代目にあたるわけで。
高橋家としては
何代目になるのかは
わかりませんが、
戸籍上、無縁となっているわけですね。

祖父は私が高校生の時に、
亡くなりました。
親父が42歳の厄年に、
厄除け願掛けとして
購入した一戸建てに
引っ越したのですが、
敷地が狭く、
一階がリビングのみの
間取りだったので、
祖父祖母の部屋が
二階になってしまい、
そのことが直接的な
原因とは捉えたくないですが、
祖父が階段途中から
転落して、頭を打ち、
それきり、退院することなく往生したのでした。
そのことを父親は
悔いてました。
その後すぐに、改築し、
一階を和室にして、
二階に炊事場を上げたわけです。

まだ祖父が病院にいた頃、
父親がある日見舞いに行くと、
ヘビースモーカーだった祖父は、
父親の胸ポッケに収まっていた煙草を
すごく欲しがったそうです。
父親にとって、
その姿があまりに心に残ったようで、
すぐに禁煙を始めました。
そして、頭を丸めて
身を引き締めたと言います。

そうこうして、
祖父が亡くなったあと、
祖母は今日までの、
約15年を生きました。

祖母は、昔から
日本舞踊や、歌を
趣味として、老人会などの
舞台に出たりしてました。
普段も、暇があれば、
テープレコーダー片手に、
歌の練習をしてました。
機械の調子が悪いのよと、
見てあげたこともあります。
祖母は、週に何度か、
カラオケ喫茶に行くのが
楽しみでした。
内職は着物の手直しで、
部屋で座りっぱなし、
針仕事でしたので、
時々は外に出るのが
嬉しかったのでしょう。
引っ越したあとも、
近所のカラオケ喫茶を
どこからか探し出して、
通うようになりました。

ある時、
その途中の道でつまづいて
転倒してしまい、
それから少し脚を悪くして、
なかなか外に行けなくなりました。

しばらくすると、
ボケが始まります。
まだ、完全なものでは
ありませんでしたので、
意識ははっきりとしていて、
会話もできてましたが、
例えばベタに、
ご飯はまだかとか、
同じことを何度か言ったり、
部屋を出て、廊下を歩き、
玄関で二階を見上げてから、
再び部屋に戻る。
まるで、ストレスの溜まった動物園の熊のように、
いつまでも、
部屋と玄関を行ったり来たりするようになりました。

やがて、本格的に
脚が悪くなって
車椅子生活が始まります。

その頃から、
老人福祉施設で
お世話になることに
なりました。

わりと長い間、
施設にいて、
いくつか転々としましたが、
その間に老化は進み、
意識も次第に曖昧なものに
なっていきました。

その経過は
まさに人生を逆走しているかのように、
子供のようになってゆく祖母の姿。
テレビを見ては、
突然笑い出し、
音楽が鳴れば、
手を叩いて喜んでました。

いつからか、
もう私のことも、
兄弟や、自分の息子娘の
こともわからなくなったようでした。
まだ、生活を共にしている施設の介護士の方の方が
安心感を抱いているように見えました。

そして、
夏ぐらいに肺炎になり、
その影響で首筋の筋肉が
固まってしまい、
うまく食事ができなくなります。
先月、悪化して、
施設から入院しましたが、
その際に医者から
胃瘻か点滴治療かの
選択を迫られました。

最初、親父は胃瘻手術して、
施設に戻してやりたいと
言ってましたが、
医者との話し合いや、
私含め、家族の意見も踏まえて、
点滴で院内生活に変え、
静かに寿命を迎える方向を
選びました。
胃瘻手術でのリスクが
大きいこともありましたが、
私は医者との話し合いで
とても印象深い言葉を
忘れられません。

"医療技術をもってして、
延命治療をすることが、
本人にとって、人間の生にとって、
必ずしも正解と言えるのでしょうか"

私は、
急に泣けてきました。
きっと、毎日毎日、
何人もの家族に対して
その表情、声色で、
そんなありがたい言葉を
丁寧に伝えているんだなと
なんとも恐れ多い、
家族にとってはかけがえない命ですが、
世の中には一刻を争う人、
まだ若き命もたくさん
病に晒されているでしょう、
医者の神の手が足りていない昨今では、
個人主義感も
さすがにどうかと
思わざる得なくなりました。

ま、それはそれとして、
いろんなこと、
良い点良くないと思われる点を
踏まえての判断、
点滴治療にて、
病院を短期で転々と
する道を選んだわけです。

そんな矢先、
お迎えが来たんですね。

父親は諸事情により、
ちょうど韓国へ
出かけていまして、
本日、帰宅途中での
出来事でした。
父親は、先月、
そのことを懸念してましたので、
そういう点では
なんともギリギリな
タイミングでした。

私はなんとか、
職場の方々の温かなご協力もあり、
無事に帰省し、
これから三日間、
葬儀を終えるまで、
山田家三代目として、
力添えをしたいと思います。


祖父、祖母の
この死までの物語を、
自分の父親と母親に変え、
妄想にふけってみれば、
今日の父親の気持ちは、
あまりに計り知れない。

ここで、
いち自分の人生を
世界の中心と捉えるならば
祖母の死が、
またひとつ、
私自身の人生の階段を
一段上がることになりますね。
祖父祖母が消え、
やがて両親も消えたら、
孤独が待っているのでしょうか。
そのことを考えたからといって、
子作りへの扉を
覗く気持ちはまだありませんが、
なんだか、
目先のものを追いかけて来た私の人生を、
空高くから
全景を見下ろしたような、
そんな感覚を抱きますね。

家族はかけがえない。
アンチマリーの私も、
それだけは、
祖父祖母両親の名にかけて
死ぬまで信じ続けることだと思います。

ありがとう、ばあちゃん。

山田幸枝。
90歳。
大往生万歳。

category: 日記

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ムリクリメリクリメモリアル  

大人用の靴下を、
寝床の脇にぶら下げて、
翌朝を待つ。
それが、子供の頃の
クリスマスだった。
サンタクロースを
信じていたかどうかは
覚えてはいないが、
なんとなく、
親がサンタクロースから
プレゼントを預かって、
という印象で捉えていたような気がする。

しかし、ある年のクリスマス、
両親が泊まりでどこかに
出掛けた。
夜中、突然部屋の電気が
ついて、目が覚めた。
するとそこには、、、


あ、こんにちは。
昨夜の渋谷HOMEにて、
ブッキングスタッフの
五十嵐サツキに、
「なんか、佇まいが
おじいちゃんみたいに
なってきたよね、
昔はもっとギラギラ
してたけどねぇ」
と、残念なことを言われたにも関わらず、
どこか、嬉しくなってしまったヤマダマン、
30代半ば独身、家も貯金も
年金も無いが
癌保険には加入中の
ザッツ売れない歌手、ですどうも。

いよいよ2011年も
終わろうとしておりますが
皆さん、
イカレポンチモードに
突入しておりますでしょうか。

別に嫌なら行かなくて
いいんすよ忘年会。
むしろ忘年会に行きたくないなぁと思う職場など
放火しちまえばいいんすよ。
ねぇ。

守るものがあるんすよね。
わかります。

いや、

すいません、
僕にはわかり兼ねます。
大変すね。

さて、昨夜のライブにて
ご報告しましたが、
来年の抱負。
感覚を大切にする。
と、まぁ、
どっかの音楽バカみたいな
発言でしたが、
言ってから後悔してますw
いや、
そこじゃなくて、
言い方が、
どっかの、
俺はアーティストだぜ!
みたいな人っぽかった点。
反省しつつ、
言ってることは本当ですので
大切にしながら生きたいと
思います。

はじめはギャグから
始まったピアノ弾き語りですが、
昨夜は冒頭2曲、
しかもわりとガチなシリアス系で
やっちまったので、
途中で、
あれ??、、
俺、ピアノ弾き語りの人
みたいになってる、、
と、焦ってしまいましたが
どうやらバレては
いなかった様子で安心しました。

エレキギター、ガットと、
多様なスタイルでの
ソロアコースティック、
恒例になりそうですね。
楽しかったよありがとう。

2011.12.13
渋谷HOME

1.ハローグッバイ(Pf)
2.カーテンコール(Pf)
3.カクレンボ(Gg)
4.タイムレター(Eg)
5.恋なんかじゃない(Eg)
6.銀世界(Gg)

お馴染みのハローグッバイは、
アップライトにハープという、要は、
ニールヤング風が
やりたかっただけですね。

リクエストがあったので
タイムレター久々に
やりましたが本当は
ブラックホールやろうと思ってました。
最近書いた新曲、
恋なんかじゃない、は、
ほぼ即興でやり切りましたがなかなか良かったね。
練習嫌いなんでね(だめ)

今回も、無駄話に
花を咲かせましたが、
ほんとだめですね。
水野創太みたくクールに
いればアレなんだろうけど
どうしても無理なんすね。
我慢ができないんですね。

いい言い方をすればね、
楽しんでほしいだけなんですね。

ま、そんなわけで、
今年もお世話になりました。
来年はステシュラ元年。
バシバシやりたいところですが無理はせずね。
じっくりと、
感覚に沿って
世の中の為になれるよう、
頑張りますので
変わらぬ愛情を
お願いいたします。

次回は
新年1/11に
吉祥寺のフォースフロアで
弾き語ります。
是非あけおめ交わしましょう。


明かりが眩しくて
薄目で見てみると、
そこには祖母が、
よいしょ、と、
言いながら、
靴下にプレゼントを
入れていました。

起こさないように、
こっそり入れるのは
最低限のマナーですね。

ま、
寝てるふりしてましたけど。

ついでにメリークリスマス!
もはや、キリスト教とは
無縁に成り代わったクリスマス。
ですが、世界で最も
売れているベストセラー、
聖書を読んでみるのも、
なかなか良いクリスマスに
なるのではないでしょうか。

アーメン。

category: STEREO SHRINE

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