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エホバのおばさんと母親の涙の理由  

エホバのおばさんがまた遊びに来ました。

今回はものみの塔最新号を持ってきたわけではなく、
何をしに来たのかというと、結局、聖書を勉強してください。
ということだった。
なぜ、聖書を勉強するかということについて
細かく聞いてみた。


聖書を研究し、全宇宙に唯一の神であるエホバ様への
信仰に目覚め、神の存在や我が身の存在の意味などを知る。



いずれ将来、ハルマゲドンが来て全人類が危機に晒される。
イエスがそうであったように、滅びたあと、選ばれし者のみ復活が起こる。



国も無く、世界政府も無い、神が統治する新世界が訪れる。




ちなみに、聖書には、ノアの洪水などはもう起こさない、と
エホバは言っているので、おそらく火の災害だと思われる、とも言ってました。
それと、復活によって、豊臣秀吉やマリリンモンローも
復活するのだと言ってました。本気で。



聖書は高くて買えないので、持って来てくださいよ、
と、言うと、今度持ってきますと言ってました。ラッキー!


最近は、マルクス主義研究に没頭しておりますが(そういうご時世なので)
やはり、いろんな意味で、聖書はやっておかなければならない。
日本の神道だって仏教だって、ルーツを探れば結局聖書は避けて通れない。


しかしおばさんは面白い。
あのような人が世界中にいると思うと、これはもう俺が救世主に
なるしかねーなと思いつつも、
そう信じていられる人にとっては、あらゆる喜びも不幸も、
すべて神様の決めたことというのであればそれほど幸せなことはないのかな、
と思ったりする。



>人は、死んだらどこへゆくのですか?
という質問に対しては次のように言ってました。


人は肉体と霊によって成り立っている(霊魂ではなく、霊。魂という表現は無いらしい)、
死んだら肉体は無になり、霊はエホバ様の記憶の中に、死んだ時の姿のまま記憶され、
いつの日か、その死んだ時の状態で復活させてくれる。


>なぜ、復活できるんですか?それ超常現象じゃないすか?

超常現象wwwそうですね、それは聖書に書いてある通り、
イエスが復活なさったからです。

>それをあなたは見たわけではないのに、聖書にそう書いてあるというだけで
 信じているのですか?

ええ、見たわけではないけれど、使徒11人がイエスの復活を見届けています。


>なぜイエスは復活できたのですか?

エホバ様が復活させたからです。

>なぜエホバ様は復活させることができるのですか?

この世界はすべてエホバ様によって造られました。私たちもすべて
エホバ様が造ったのです。そのことについては聖書を読めばわかります。





このやりとりを経て、この人間を「完全にいっちゃってる」と、
結論づけ、差別し、ああそうですか、もう来ないでください、
と言えばそれでいいのかもしれないけども、俺はもうイライラしてるんです。
なぜなら、質問に対する答えがあまりに頭が悪いからです。
哲学的見解でもなく、身近な日常に溢れる現代的な物の捉え方や比喩で
説明できる能力もなく、ただただ、「聖書を読めばわかります」というのは、
布教活動としてどうなのかと思う。
なので、そういった解釈ができる方に次回は来てもらってくれと言っておいた。


とにかく、
聖書を知らず、現実的な解釈で反論したりすると
その度に笑ったりバカにしたりするその上から目線がどうしても許せない。
それがもし世界中のクリスチャンがそうであるというなら、
俺は全世界のクリスチャンを差別する。
世界のはじまりはエホバ神から始まったのか、
それともブラフマンなのか、天之御中主神なのか、
いやそれともネズミを経て猿人がもたらしたのか、
いやいや、それとも第10の惑星からやってきた地球外生命体なのか、
そんなことを科学的にでも超常現象としてでもいいから
どうにか証明してはくれないか。その上で諭すのであれば聞き入れる。
それを、聖書に書いてあるんだからと自慢気に言われたって
誰が話を聞くか。信じるか信じないかとかそういうレベルではない。
心理の問題であって、真実かどうかでもなければ、歴史こそすべてでもない、
今現在生きているのは現代であり、私であり、あなたなんだから、
その目で、心でお互い共有できるものを探求するという心意気がまず最初に
なければ、どれほどの資料や過去をさかのぼったとしても
なんのコミュニケーションも、精神的安楽ももたらさないのではないか。

低次元すぎて話にならない。
そんな人が神のご加護を受け、大災害が怒っても救われるなど、
ありえるわけがない。

そんな怒りを持つ一方で、自分が持つ矛盾にまた嫌悪感を覚える。
だから、まず、聖書を勉強する。神道も仏教もバラモンもイスラムも
全部やってやる。その上で神様について巻き起こる人間心理を、社会性を
考察すべきだ。この世の中に存在するのは、「資源」と「信仰」この
二つしかない。肉体と愛でも、科学と宗教でもなんでもいいが、
哲学も宗教も戦争も愛情もすべてこの二つから派生している問題だ。



それをやってお前は何をするんだ?

と言われそうだが、何もわからないまま死ぬのは嫌なんです。
それだけです。



先日、ばあちゃんの四十九日で、納骨式をしました。
お墓に骨を入れました。

そのとき、親父がこう言ってた。

「これで、おじいちゃんのもとへ行ったし、おじいちゃんも喜んでるやろ」


その考え方はとってもスマートで素敵だなと思った。
それをどうしても突き詰めて考えてしまう自分が小さく思えてきた。

僕にはわかりません。
お墓は石ころにしか見えません。
骨も単なる物質にしか見えてこない。
お経もバカバカしく聞こえ、
プラスチックの位牌が2万ぐらいすることに
ただならぬ怒りを覚えます。


あと最後に、もう一つ納得できないこともありました。

離婚した母親が四十九日に墓参りに行きたいと言うので、
親戚も来るし、その日はちょっと気まずいので遠慮してくださいと言い、
代わりに、四十九日の翌日までは京都にいるので付き合いましょうか?と
約束をしたんですが、
母親はまさかお墓参りに行くと思っておらず、
ただ近況報告として会うだけだと思ってたようです。

そして母親はこう言いました。
「山田家のお墓には行ってはいけないと思ってた」

そして、同時に、親父に母親のことを言った時の親父の反応は冷たく、
樒も塔婆もあげてもらわんでいいと言っておいて。と言いました。


いろいろあるにせよ、
30年です。30年、ほぼずっと一つ屋根の下で、一番近い存在として
同じ飯を食べてきた姑。
その方が亡くなって、その墓に行けないなんてことを
なんでそう思うのでしょう、何がそうさせているのですか。

ここに、社会によって汚されている信仰の曲がった考え方がある。


「いいよ、そんなん考えること自体おかしい。30年も一緒にいて、
 支え合った人が死んで、戸籍上他人だからとか、愛人作って出て行った身分だからとか、
 そんなことと、故人を偲ぶことと、関係ないでしょ。
 おかんの中にある、ばあちゃんへの想い、そんな純粋な、より人間的な思いさえ、
 この社会は潰してしまうんか。あほらしい」

そういって俺は母親ともう一度お墓へ参りました。
母親は、謹んで、墓の前に腰を下ろし、
手を合わせて、それはそれは長い時間、祈ってました。目に涙を浮かべながら。



何を思っていたんだろう。
なにか、悔やんでいるのか。
ばあちゃんに謝っているのだろうか。

悔やむことも、謝る必要もないと思う。

母親の涙の理由、

その中にたくさんの矛盾を感じた昼下がり。



神様、俺はまだあんたを信じない。



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神仏探訪~神々編~part5  

松尾大社.jpg
松尾大社。
現在では酒の神様として有名だが、もともとは山の神で、
松尾山、比叡山の神、後に比叡山に延暦寺が出来た頃には
延暦寺の守護神とされた。
暗くて写真がよくわからないw

松尾大社1.jpg
この松尾大社には、山の神様、大山咋神(おおやまくいのかみ)の
他に、福岡県に祭られている三女神の1つである水の神様も祀られているが、
なぜここに祀られているのかはよくわかっていないようだ。

松尾大社3.jpg

秦氏による治水技術に関連しての水の神様なのだろうか。
秦氏はこの治水技術からの酒造技術も持ち込んだので、
後に酒の神様といわれるようになった。

松尾大社4.jpg

この水の神様はイチキシマヒメといい、
広島の厳島神社にも祀られている。

松尾大社6.jpg

そんなわけで、その流れから、
山の神様へ会いにいこうと言い出した二人。
次回はあの比叡山についての仏教シリーズへと
繋げたいと思います。

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神仏探訪~神々編~part4  

前回、少し難解になったので、今回は
ちょっと角度を変えてレポしたいと思います。

車折神社2.jpg

こちらも京都太秦にある車折神社。
もともとは宝寿院という寺だったが
わけあって今の名前になった。
あまり意味はないので省略w。
この神社は、現代では芸能神社として有名で、
境内には数々の著名な芸能人の名前が書かれた
玉垣(たまがき)があります。
しかし、もともとは清原頼業という
平安時代後期の著名な儒学者を祀ったもので、
直接的に芸能というわけではなく、
なぜか境内にあの有名な”アメノウズメ”を祀った
芸能神社が存在する。そのために、
現代では芸能の神様としてスポットを浴びているのだ。

車折神社1.jpg

こういう風に、芸能関係の人が訪れては願いを書く。
いろいろと調べたが、なぜ、この境内に芸能神社ができたのか、
まだ不明。引き続き調べるが、面白いのは、
日本書紀などで有名なシーン、アマテラスが隠れてしまった時に、
アメノウスメが踊ってアマテラスの興味を惹いたというアレ。
諸説はあるが、
「神々を笑わせた」というよりは、エロチシズムの表現力に長けていたと
される説があり、その踊りのスタイルが申楽の巧みなステップだったとされている。

車折神社3.jpg

申楽。これは前回、秦氏の件で触れた世阿弥などの現代における能楽のことだ。
日本書紀などが造られたのは、秦氏が存在するより後のことで、
日本神話と秦氏を含む、弥生時代との接点が気になってくる。
この車折神社にある、芸能神社は、アメノウズメを芸能の女神として
祀ったものだが、このアメノウズメを祀っている神社はむしろここよりも
他府県に重要なものがある。
その一つに、長野県の戸隠神社があるのだ。
戸隠といえば、AOSCがかの忍者修行を行った聖地。
そんなこともしらずに訪れていたとは驚きだ。

車折お守り.jpg

ご利益を願ってオサム氏が購入したストラップ。
ただの紙切れを、そうではないものと解釈するには
なかなか難しいが、このように神社にまつわる様々なことを
理解していけば、単に「お守り」としてだけではない何かを
感じることができるかもしれない。
ただ、あのオサム氏がまさかお守りを購入するとは、
もはや、背水の陣ということか。

そういうわけで、この有名な芸能神社。
訪れる際には、あの芸能の女神様を思い出しながら祈ってくださいね。
その女神が生まれた日本神話。
今後私はこの日本神話にもメスを入れていきたいと思います。

今回のキーワード↓

日本神話、アマテラス、アメノウズメ、申楽。

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神仏探訪~神々編~part3  

大酒神社1.jpg

大酒神社。
ここは、秦氏の族長的人物であった秦河勝が、
秦始皇帝などの末裔だと云い、それらの先祖を祀ったらしい。
が、そもそも、秦氏族が秦始皇帝の末裔だという根拠はあまりに薄く、
本人たちが威信の向上を計るための策だった説も強い。
もともとは、広隆寺建立時に境内にあったが、
明治の神仏分離によって広隆寺の裏に移された。

秦河勝といえば、聖徳太子と深く関わり、
平安京の造成、伊勢神宮の創建、広隆寺を建て、
能楽の観阿弥などの先祖だとも云われている。

大酒神社2.jpg

この神社は秦河勝が関わっているが、後に、
兵庫県赤穂に、秦河勝を祀る「大避神社(おおさけ)」が存在する。
この太秦の大酒神社も延喜式神名帳には「元名大辟神」とある。
秦氏は渡来人であるというのは有名だが、
中国において、この「大避」の原型として「大闢」があったという。
この「大闢」という文字は別解釈で「ダビデ」という意味があるらしい。
おっと、ちょっと飛び石したが、私が面白がっているのは実にこの路線、
つまりは、秦氏は秦始皇帝などの末裔だと云いながら、
そのさらに元のルーツはもっと西、イスラエルにあるという・・・w
ちょっと面白くなってきたね。
ま、当て字だの、勝手なあと解釈だの、異論は尽きないが、
ひとまず、その方向で捉えてみようと。おもしろいじゃんか。

大酒神社3.jpg

広隆寺4.jpg

そして、秦河勝が聖徳太子から弥勒菩薩半跏思惟像を賜ったことで、
表面的にはそのために建立したとされるのが広隆寺である。
(もともとは北野白梅町に最初に蜂岡寺を建て、
平安京遷都と同時期に現在地の太秦へ移転されたという説がある)
しかし、この、インドから大陸流入されたとされる弥勒菩薩半跏思惟像であるが、
近年の研究で、日本で造られた可能性が高くなってきたのだ。

広隆寺5.jpg

ここで、また私の面白がる解釈を取り入れるが、
そもそも、聖徳太子は実在したのか?というアレ。
聖徳太子から賜った??それさえも本当かどうか。
日本で造った可能性などを併せ、聖徳太子について研究したくなった。

広隆寺2.jpg

ここにきて、聖徳太子について掘り始めると
ますますカオスになるので控えておきます。
いろいろと諸説はあるが、調べてみたらちょっと面白い記事が
あったので引用しておきます↓

「厩の前で生まれた」、
「母・間人皇女は救世観音が胎内に入り、厩戸を身籠もった」
などの太子出生伝説に関して、
「記紀編纂当時既に中国に伝来していた景教(キリスト教のネストリウス派)
の福音書の内容などが日本に伝わり、その中からイエス・キリスト誕生の逸話が
貴種出生譚として聖徳太子伝説に借用された」との可能性を唱える研究者もいる


思い出しましたか?ネストリウス派。
こういう面白い説があると、なんだかワクワクしてきますねw
しかし、ちょっとここらへんの点は置いといて、
今回は多少難解なレポになったので、
次回はもうちょっと浅い感じのレポートを挟みますね。

今回のキーワード↓

秦河勝、秦始皇帝、ダビデ、キリスト、聖徳太子、能楽


では次回もお楽しみに!prat3へ続く

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神仏探訪~神々編~part2  

蚕の社13.jpg

まずはここから。
京都太秦にある”木嶋坐天照御魂神社”。
通称”蚕の社”と呼ばれている。
京都人でも名前を聞いたことがある程度の存在だったが、
地元ではよく知られている。
しかし、あまり目立つ外観でもなく、どちらかというと地味な雰囲気で、
地元でもその実態を知る人は少ない。
祈雨の神、織物の始祖を祀る神社だということぐらいは知られているが、、。

蚕の社10.jpg

神社の奥、左手を進むと、小さな池と格子の奥に、
京都三鳥居と呼ばれる、三柱鳥居が立っている。

蚕の社1.jpg
蚕の社5.jpg

この手前の池の水は、土用の丑の日にご利益があるとされているので
一応触っておいた。パンツが見えている、失敬。

蚕の社4.jpg

住宅街にまぎれていて、隣には保育園などあり、
それほど深い意味があるとは思えないが、
いろいろ諸説はあるものの、およそ1500年前からあるとされる。

蚕の社14.jpg

神社入り口から左手手前に、狐の像が挟む通路があり、
その奥に、なんとも異様な雰囲気の社があった。

蚕の社8.jpg
蚕の社9.jpg
蚕の社2.jpg

ここで、気になる点として、やはり、狐の存在。
なぜ、狐なのか。
いろいろ調べると、御饌津神(みけつのかみ)が登場した頃に、
狐の古名「けつ」が引用され、三狐神と解して、稲荷神の使いとされた説や、
空海による真言宗の布教においての利用、悪魔として狐を持ちいり、
全国に展開していた流行神道であった稲荷神と結びつけたという説もある。
狐が利用されたことはそれほど重要ではない、それ以前の、いわゆる神道のルーツに
強く興味を抱く。

蚕の社3.jpg

オーブのように見えるが、フラッシュの影響だ。
この社はそんなに歴史は深くはなく、
パワーもまったく無い、とオサム氏は云った。

蚕の社6.jpg
蚕の社7.jpg

神社入り口の案内板。

これがいつ書かれたのかはわからないが、
ここで、重要な記事を目撃。

”景教”の文字が見えるだろうか。
古来、朝鮮半島から渡来してきた秦氏族の存在を知ってますか?
織物技術、治水技術などで文化貢献が有名だが、
それ以前に、この景教を持ち込んだとも云われていて、
ネストリウス派といい、古代キリスト教の教派のひとつである。
この景教は中国でも多く広まったが、その中心となったのが
大秦寺と呼ばれる教会であった。
大秦と太秦。秦氏族の本拠地となったこの太秦から、
古代日本ミステリーは始まる。
先にあった三柱鳥居。これにまつわる様々な解釈も
近年取り上げられてはいるが、
謎が多いし、証拠となる決定的なものも無いので
未だその意味は謎のままである。

WEB検索すればいろいろと出てくるので面白いが
オカルト扱いされているものが大半。
ただ単に残された建造物や歴史上の背景だけでは
検証しきれないという観点から、
私独自の方法として、
part1で触れたように非科学的とされる除霊(神道)に関するものを
取り入れながら、接点を追求していきたいと思う。

まずはpart2終了。ここで出てきたキーワード、
狐、秦氏族、鳥居、景教など、覚えていただいて、
part3へと続けます。


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